2016年04月30日

4月24日

posted by sbbc at 21:35| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月18日

4月17日 「神の戦い」ネヘミヤ4:20 四:二〇



「神の戦い」
「私達の神が私達のために戦ってくださるのだ。」(ネヘミヤ四:二〇)

 最近の傾向は「戦う」ことを避ける傾向があります。
しかし、主なる神は戦うように、主の民を励ましています。
何のために戦うか、また誰と戦うかが大切なことです。
キリスト者は神の戦いを主とともに戦う必要があるのです。

ネヘミヤは「兄弟、息子、娘、妻、家のために戦え」と励ました。
敵は、主の愛された町―エルサレムーの再建に対して妨害をしてきたのです。
それは主の御働きを妨害するものです。
 
新約時代においても、パウロは「邪悪な日に際して、対抗できるように、
また、一切を成し遂げて、堅く立つことが出来るように神の武具をとりなさい。」(エペソ六:一三)
と、主の戦いを戦うように激励しています。
 戦うためには、心構えをしなければなりません。
ネヘミヤは、攻撃に備えて守りを固めました。
そして、槍と剣と弓の武器を持たせました。
そして、敵の策略を見抜かなければなりません。
敵は正面からはきません。
陰謀を企てて攻撃してきます。
敵は言った「彼らの知らないうちに、
また見ないうちに、彼らの真ん中に入り込んで」。
これが、悪魔の作戦なのです。
 
使徒たちは、このために戦いました。
その備えとして、手紙を教会に書いたのです。
コリント人への手紙、コロサイ人への手紙、
ヨハネの手紙、ユダの手紙は全て、
戦うための武器として、書かれたものです。
posted by sbbc at 16:22| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月09日

4月3日 「人格の再建」 ネヘミヤ2:18



「人格の再建」
「そこで彼らは『さあ、再建に取りかかろう』と言って、この良い仕事に着手した。」(ネヘミヤ二:一八)
 
本日より、二〇一六年度が始まります。
主に期待して教会建設のために一致協力して歩みましょう。

 先日、富里に住んでおられる松沢さんを訪ねました。
クリスマス以来でしたが、元気に過ごしておられました。
生活において、苦労されていますが、以前と違って、
ふじゅうさを受入れ積極的に歩んでおられました。
帰り際に「先生、私に何かできることはありませんか。
役に立ちたいのです。でも、こんな体ではなにもできませんね。
耳も右しか聞こえませんし、目もふじゅうです。
話すこともはっきりとはなすことが出来ません。
しかし神様の役に立ちたいのです。一つだけ出来ることがあります。
字はまだ書くことが出来ます。」と問かけられたのです。
私は、「そうですね、少しづつでいいですから、
自分のこれまでの歩みを日記のように書いてみてはいかがですか。その証しが主に用いられるでしょう。」
私は、松沢さんの信仰は生きていることを見て、神をあがめました。
主によって救われた者は、主に役に立ちたいと願う心が生まれるのです。

 西澤兄も、その思いによって、教会と牧師によく仕えて下さいました。
隠れたところで、自分自身を主に捧げて下さいました。
posted by sbbc at 17:36| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

3月27日 「全ては新しく」Uコリント5:17


==============================================
「十字架の意義、復活の意義」



 「神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、
 違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを 
 私たちにゆだねられたのです。」(Uコリント5:19)   


◆十字架の意義                    

1.人間の罪に対する神の怒りを静め、得心していただく  
 『なだめの供物』として十字架につかれた。      

2.神と人との和解の方法                

3.罪のない完全な子羊の犠牲によって流された血(いのち)に
 よって、完全な代償が支払われた。          

4.その贖いを信じ受け入れた者に、神の赦しが与えられる。
 『父子の関係回復』                 

5.新しいいのちが賦与され、新生がスタートする。    

6.永遠の御国にいのちを持つ。天国に名前を持ち、天国の 
 戸籍を持つ。                    

7.現実に神の国の住民として、神様のご支配と導きと保護と
 恵みを伴う。                    


◆復活の意義                     

1.御業の完成                     

2.勝利−死と罪とさばきに               

3.約束の真実の証明                  

4.信じる者の希望                   



==============================================
posted by sbbc at 17:26| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月20日

3月20日 「エルサレム入城」マタイ21:1-11


==============================================
「棕櫚(しゅろ)の日―エルサレム入城」



 「群衆のうち大勢の者が、自分たちの上着を道に敷き、 
 また、ほかの人々は、木の枝を切って来て、道に敷いた」
                   (マタイ21:8) 


  神がお立てになった、イスラエルの王のしるしは、  


1.棕櫚の枝をもって、人々は迎える。         

 棕櫚の木は、「デボラのなつめやしの木」と言われ、  
 聖木とされていた(士師4:5)。           
 また、優雅と繁栄の象徴とされ、ソロモンの神殿彫刻的 
 意匠に用いられた。                 
 この木は「戦捷木」とも書き、勝利の表象とされた。  

 終末の贖われた聖徒たちは、この枝を手にして     
 子羊の前に立っている。               
(黙示7:9)                     


2.上着を脱いで、道に敷く。             

 立てられた王を迎える時、民は自分の上着を道に敷いて、
 従う意思を表した。                 
(U列王9:13)                   


3.ろばの背に乗って入城する。            

 ソロモン王の戴冠式は、幕屋があったギホンに出かけ、
 ダビデの雌ロバの背にのって、エルサレムに入城した。
 この時、王位争いがあったが、このことで、民は、  
 ソロモンが王として神によって立てられたことを受け 
 入れた。                     
(T列王1:33)                  


4.約800年前に預言者イザヤに、約500年前にゼカリヤに
 よって、預言されていた。             
(イザヤ62:11、ゼカリヤ9:9)           



==============================================
posted by sbbc at 12:57| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

3月13日 「敢行における訓練」ヨシュア1:6


==============================================
「敢行の訓練」



「ただ強く、雄々しくあれ。」(ヨシュア1:7)



      {立てー耐えよ}              

     じっと立て 堅く立て            
     変わることなく 雄々しく立て        
     よろいをまとって立て            
     ここは 戦いの庭だからだ          
     勝ちを得る者よ 決め手を握って立て     
     そして「宿敵」を倒すのだ          
     きよい手をもって とりこを放て       
     キリストが 敵を衰退させられるからだ    

              (エバン・ロバーツ)   


==============================================
posted by sbbc at 22:30| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月06日

3月6日 「逆境における訓練」ピリピ1:12


==============================================
{神を見上げます}



私に欠陥のある時は、いつもあなたを見上げます。
見上げて、むだだったことはありません。
あなたの強く、やさしい愛に触れ、再び力を得ます。
あなたを思いめぐらしているときに
罪や苦痛や悲しみに打ち勝つ力がわくのです。
人生の仕事に絶望し、背に負う重荷にたえかねて
失敗や恐れの恥を受け、力なく道端に座り込んでしまいます。
しかし主よ、あなただけを思わせてください。
その時、新しい力がわくのです。
落ち着きのない心を静めるために、あなたの静けさが、
私の心を覆います。
よろめいている私の意志を強めるために、あなたのいのちの
力が包みます。
あなたのご臨在が寂しさを慰め、
あなたのご摂理が、全てを益に変えるのです。
あなたの深い愛に抱かれて、あなたのおきてに支えられて
立つのです。
すべてのことの中に、あなたの御手を見ます。
御手の中に、全てのものが動きます。
あなたの暗いときに私を導かれ、悲しみを讃美に変えて
くださるのです。
             (サムエル・ロングフェロー)



==============================================
posted by sbbc at 12:52| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月28日

2月28日 「困難における訓練」マタイ9:9


==============================================
{盲 目}


 
 この暗く広大な世において、生涯の中半を終わらぬ先に、 
自分が盲目になったことを考えるとき、わたしの内に一つの 
賜物がー死だけがそれを隠しますー            
(それにより、私の魂がもっと熱心に、創造主にお仕えし、 
 その方が帰って来て叱責されることのないように、本当の 
 会計報告をだそうと願っていました。)         

むなしくとどまっていることを考える時、私はあさはかにも 
尋ねたのです。                     

「神は光を取り去りながら、私に日雇いをさせようというの 
 だろうか」と                     

しかし、忍耐がそのつぶやきを妨げて、すぐに答えました。

「神は人の働きも、人の捧げ物も要しません。       
 神の軽いくびきを、最善に負う者は、いちばんよく神に  
 仕える者なのです。                  
 神は王者のような方、幾千の人がその命令によって急ぎ  
 ます。                        
 陸を超え、大洋を超えて、休むことなく行くのです。   
 耐え忍んで待っていなければならない者たち       
 彼らもまた奉仕する者なのです。」           
                  (ジョン・ミルトン)


 ※ミルトンは1600年代のイギリス人です。賜物に恵まれ、 
  宰相の右腕として活躍していたが、44歳のとき失明する。
  古典「失楽園」の著者                



==============================================
posted by sbbc at 14:40| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

2月21日 「捧げる恵み」ルカ21:1-4


==============================================
{捧げる恵み}
〜イエス・キリストを知る〜



 「いくら豊かな人でも、その人のいのちは     
  財産にあるのではないからです。」(ルカ12:15)


 あるニュースで聞いた話ですが、アメリカは寄付の社会が
根づいているが、日本の社会はほとんどその精神はないとの 
報道でした。これは、キリスト教の精神で建てられている国の
違いなのでしょうか。自分優先の精神に支配されている罪人の
しるしなのでしょうか。                 

 「他の人のことも考えるように」とイエス様は人々に勧めて
います。なぜでしょうか。                

『受けるよりも与えるほうが幸いである』
と語られた中に答えがあります。

このことが、罪人である私達は受け入れられないのです。
実践しなければキリスト様を知ることが出来ません。
伝道者パウロは、この御言葉に従いました。(使徒20:35)


{聖書の神は、私達の父なる神です。}          
イエス様は常に神様を示される時「父」に言及しています。
罪人の父でさえ子供のことは、常に心にかけ、守り、良い物を
与えようとするのですから罪のない父なる神はなおさらでは 
ないでしょうかと話されます。              


{私達のことをよく見ておられる。}           
イエス様は、混雑する神殿の献金箱が見える場所におられて、
誰も目に留めない貧しいやもめの姿を見逃しませんでした。 
しかも、捧げたレプタ二枚が、彼女の全財産であったことを 
見逃しませんでした。                  
そして、誰よりもたくさん捧げたことを喜ばれたのです。  
やもめはそれで充分でした。               



==============================================
posted by sbbc at 13:39| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月14日

2月14日 「従う恵み」ヨハネ2:1-11


==============================================
{従う恵みーイエス・キリストを知る}



「永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神である
あなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを
知ることです。」 (ヨハネ17:3)

  
先週、アメリカのグループが重力波の観測に成功した報道が
新聞の一面に掲載されていました。このことにより、重力波が
あることを世界の人々は知ったのです。重力波があることは、
100年も前にアインシュタインによって、科学者は知っていま
した。1960年ごろから、ある科学者は観測を始めました。
しかし、なかなか成功しなかったのです。それでもあることを
信じ続け、観測を続けた者が本当に知ったのです。

一言で「知る」といっても、幅と深さの違いがあります。
100年前に知っていたことと、
今回観測によって知ったことには、大きな開きがあります。

イエス様が求めておられる「知る」ことは、直接見て、
聞いて、信じて行動にまで進む力になっていくことです。
永遠のいのちとは、
神様とイエス・キリストを知り続ける欲求を
心の中に与えるものです。
パウロは生涯、イエス・キリストを求め続けたのです。

カナの婚礼において、弟子たちや裏方で手伝っていた
しもべは、イエス様がキリストであることを誰よりも深く
知ったのです。それは、直接イエス様からの声を聴き、
その声に従うことによって、間違いなく、水が葡萄酒に
変わったのはイエス様の御業であることを信じたのです。


==============================================
posted by sbbc at 13:49| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする