2016年02月07日

2月7日 「教会の権威」Tコリント5:11-13


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          {厳しさと優しさ}



 「見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。」
                   (ローマ11:22)



 神には、厳しさと優しさとが共にあり、バランスがとれて
おいでです。
厳しさは、その聖さから生まれ、優しさは、愛から生まれます。

 聖書の記録は、このことを実によく示していると言える
でしょう。律法と恵みということばであらわしても誤りでは
ありません。律法は、神が私達に求められる標準であり、
その標準に達しない私達のために、自らその足りなさを補って
下さった、正確には贖って下さったのが恵みです。
律法には、人がいかに神の求める標準に達しないかを明らかに
してくれる役目があり、恵みには、いかに神が人を愛してくだ
さっているかが明らかにされています。

 この二つのことを人は明らかに知る必要があるわけです。
人がただ自分の弱さを認めるだけでは不十分で、神と直し、
神の前にいかに自分が愚かで、不遜で、不従順で無力な者で
あるかを知らされるところに律法の役目があります。

 現代は、この神の前に自分の罪深さを知り、認めるという
ことが嫌われる傾向が強いという点で終末的です。即ち厳しさ
が嫌われる時代なのです。神の前に於ける厳しさをしっかりと
受け止められない人は、十字架の神の愛を真に理解するに至り
ません。それは単なる優しさ、人間的な愛にすぎませんから
極めて不安定で永続できません。
             (山宮先生の牧者の声より抜粋)


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2016年01月31日

1月31日 「規定に従って」Uテモテ2:5


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         {規定に従って}



 「キリストがそうされたのは、みことばにより、
 水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとする
 ためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのような
 ものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の
 教会を、ご自分の前にたたせるためです。」
               (エペソ5:26-27)

  

 石井兄と明石姉の婚約式、おめでとうございます。
本人はもとより、両家にとりましても大きな喜びでしょう。
 婚約式は二人が主イエス・キリストの御前で、結婚を前提と
して霊的に準備をし、結婚に備える誓いをするためです。
丁度、教会がイエス様の花嫁としてふさわしく準備すること
とに重ねて、伝道者パウロは婚約式ならびに、結婚式を重んじ
るように告げています。

 昨今、婚約式や結婚式を軽んずる傾向にあります。
また、性的堕落は、目を覆いたくなります。自分の思いだけに
突き動かされて、軽率な行動をとる若者は多いのではないで
しょうか。同性婚が市民権を取ろうとしていることなど混乱が
エスカレートしてきています。

     それでは何が正しいのでしょうか。

 婚約式は、神様の御前において、それぞれ結婚相手が、
神様が導いてくださった方であることを確信し、主に対して、
いかなることがあっても、キリストが教会を愛されているよう
に、互いに愛し仕えていくことを約束する時です。

そして、御両親はじめ、教会がその誓いの証人になるのです。
それは、誠に厳粛なことです。


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2016年01月24日

1月24日 「みことばを生きる」イザヤ55:6-11


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        {みことばを生きる}



 「天が地よりも高いように、
  わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、
  わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」
                (イザヤ55:9)



 今、ラクビ―が注目を浴びています。大きな大会で優勝した
のではありません。今までは弱小チームだったのですが、世界
大会で、優勝候補一角の南アフリカチームに勝ち、予選で三勝
したためです。惜しくも、決勝トーナメントには進むことはで
きませんでした。しかし、日本人は大フィーバーしたのです。

 勝利した要因は、監督者エデイー氏の四年間にわたる練習の
成果です。選手は、監督者の指導する「ことば」を信じ、厳し
い練習を重ねて、監督者の目指すラクビ―を実現したのです。
そしてその結果、勝利し、監督者とともに勝利を喜んだのです。

 主なる神様は、私達のいのちの唯一の監督者です。しかも、
全てに勝利された方です。そして、私達を愛し、全てを捧げて
くださった方なのです。

ですから、語られる「みことば」を信じ、歩んで行きましょう。


 伝道者パウロも

 「また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。
  彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、
  私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。」
                  (Tコリント9:25)

 と、また使徒ヨハネも

 「神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。
  私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。
  世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と
  信じる者ではありませんか。」
                   (Tヨハネ5:4-5)

 と告げています



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2016年01月17日

1月17日 「良い物を食べよ」イザヤ55:2


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         {聖書の価値}


 「わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、
  あなたがたは脂肪で元気づこう。」(イザヤ55:2)

  
 預言者イザヤが、このみことばを語った時は、ヒゼキヤ王が
宗教改革を断行し、その結果、北イスラエルを滅ばしたアッス
リアの軍勢に主によって、大勝利をした後でした。
主の力を目の前で見た、ユダの人々に対して神様はイザヤを
通して告げられたのです。

 ユダの民が勝利したのは、主の御言葉を聞き、信頼しそれに
従ったからでした。

彼らは、敵の大軍にも、冒涜にも、脅しにも屈せず、主に救っ
て下さるように心を一つにして祈ったのです。他には、なにも
できませんでした。次の朝起きてみると、敵は一人もいません。
御言葉通りになったのです。
それ以後、アッスリアは二度と攻めてこなかったのです。


 新約時代に生きる私達、それ以上の奇跡を見ているのでは
ないでしょうか。同じ聖書が、人々の最大の敵である
「罪と悪魔と死にイエス様は打ち勝たれた」と告げています。

その御力をもって私達一人一人に、良い物を与えようとして
おられるのです。元気を与えようと待っておられるのです。

私達に必要なのは
その御言葉に信頼して主に祈り待ち望むことです。

私達の魂に活力を与えることが出来るのは、主の下さる御言葉
だけなのです。他のものは何一つ必要ないのです。


主に聞き、従いましょう。



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2016年01月10日

1月10日 「聖い道」イザヤ35:8


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         {聖書を読む恵み}



 「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。
  そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば
  開かれます。」(マタイ7:7)



 新年、多くの人々が、初日の出を見る為に、山に登ったり、
遠くへ出かけたりします。千葉では、犬吠埼の灯台は有名で
す。又、ニュースで見たのですが、山中湖から、ダイヤモンド
富士をカメラに収めようと、寒い中何時間も、じっとその瞬間
を待っている人々を伝えていました。その為にはどんな苦労も
苦にしない心は、どこからくるのでしょうか。
言うまでもなく、それは、その美しさに魅了されているからで
しょう。

 神様は、

   「求めるように」「捜すように」「たたくように」

ご命令されています。
これは、かなり熱心に求めるように勧めています。


 何を求めるように御命令しておられるのでしょう。
少し前を見ると、

        「神の国と神の義」

であることがわかります。神の国がどんなに素晴らしい国で
あるかは、神様ご自身が知っておられるのです。

しかし、その素晴らしさは、肉眼では見ることが出来ません。
その為に神様は、

        聖書の御言葉を通して、

私達に見せようとされたのです。

私達は聖書を窓として、
信仰により、その素晴らしさに触れることができるのです。

その時、人は神の国に憧れるのです。
そして、捜し始めるのです。
その入り口を発見し、門の戸をたたくのです。


その門の向こうに

       「聖い大路」が真っすぐに、

父なる神様のところまで通じていることを発見するのです。


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2016年01月03日

1月3日 「主の書物」イザヤ34:16


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          {主の書物}


 「彼はその治世の第一年の第一の月に主の宮の戸を開き、
  これらを修理した。」
                (U歴代誌29:3)



 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願
いします。今年の与えられた御言葉は

     「主の書物を調べて読め」(イザヤ34:16)

です。この命令は預言者イザヤが、ユダの王ヒゼキヤ王の就任
した最初の年の第一日、正月に語った御言葉です。

 この時、イスラエルは、滅亡の危機にあったのです。北イス
ラエルは、アッスリア帝国の攻撃を受けようとしていました。
その5年後に占領されていきます。南ユダ王国は、ヒゼキヤの
父親アハズ王は、預言者イザヤの語る神からのメッセージには
耳を傾けず、自分勝手な道を歩んだのです。主の宮の戸を閉じ、
こともあろうにダマスコの神の祭壇を、エルサレム神殿の庭に
同じものを祭司に造らせたのです。

その理由は、自分の国よりも強い国なので、彼らが仕えている
神なら助けてくれるだろうと考えたのです。そのために、民は
主から離れて行きました。ますます国は衰退していったのです。

 その時、ヒゼキヤが25歳で王についたのです。
彼は、その現状の原因は、主のことばを聞かないで、主のこと
ばに従わないために、主の怒りによることを知っていました。
そして、改革に着手したのです。それを励ましたのが、預言者
イザヤの預言でした。

ユダヤは繁栄を取り戻していくです。


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2015年12月27日

12月27日 「主の恵みを忘れるな」詩篇103篇


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        {主の恵みを忘れるな}


  「あなたは気をつけて、あなたをエジプトの地、
   奴隷の家から連れ出された主を忘れないように
   しなさい。」(申命記6:12)


 神様は、人が忘れる者であることを知っておられるのです。
イスラエルの民が、エジプトから連れ出されて、カナンに入る
手前で、このことを語られたのです。
どんな時に忘れるのかをも知っておられるのです。

 多くの恵みに満ち溢れた時に民が与えてくださった主を忘れ、
高慢になり、自分の力で得たかのように思い、他の神々に
迷って行くことを戒めました。支えておられる主を忘れると、
滅んでいくことも教えられたのです。

 しかし、詩篇78篇を見ると、その後の民がどのように歩んだ
かが歌われています。
「忘れてしまった」、「信頼しなかった」と書かれています。
これが人の心なのです。
「忘れる」とは「心を失う」と書きます。心が主なる神様から
離れてしまい、他の神々に移っていったのです。

 神様は裁きをされ、民の心が主に助けを求めるようにされ
ました。そして、ダビデをたて、牧するようにされ、英知の
知恵で彼らを導くようにされたのです。

 しかし、民は再び主を忘れていったのです。しかし、主は
契約にしたがって、ダビデの家を建てられるために、イエス様
を王として立ててくださり我々を救ってくださったのです。

 イスラエルの民の教訓を覚えて、この恵みを忘れないように
しましょう。これが最後の神様の救いの御業です。


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2015年12月24日

12月24日聖夜礼拝 「まずしくなられた主」ルカ2:8-20

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2015年12月20日

12月20日 「救い主生まれる」ルカ2:1-7


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         {救い主生まれる}


 「『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に
  来られた』ということばは、まことであり、そのまま
  受け入れるに値するものです」(Tテモテ1:15)


 イエス・キリストがお生まれになられた事実を受け入れる
ことが一番大切です。ゼカリヤやマリヤに告げられた通りに、
イエス様はお生まれになられました。


1.聖霊によって、神の子としてお生まれになられた。

 羊飼いに、神様は御使いを遣わして、キリストがお生まれに
 なったことを知らせました。それに天の軍勢が加わって賛美
 したのです。そのことを、羊飼いたちはマリヤとヨセフに
 伝えました。それによって、マリヤとヨセフは聖霊によって
 与えられたことを確信したのです。


2.生まれる子は、父ダビデの王位を受け継ぐ者となることを
 告げられていました。

 このことは、東の博士たちの来訪で明らかにされました。
 博士たちは、ユダヤ人ではありませんでした。しかし、彼ら
 には、ずっと昔に、全世界を治める者が生まれることを知ら
 されていたのです(民数記24章参照)。その印は大きな星が
 輝くというもので、彼らはその星を発見したのです。
 そして、告げられていた通りにユダヤに礼拝するために
 旅をして来たのです。

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2015年12月13日

12月13日 「ガブリエルの告知」ルカ1:26-38


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{ガブリエルの告知}


 「先の事は、見よ、すでに起こった。
  新しいことを、わたしは告げよう。
  それが起こる前に、あなたがたに聞かせよう。」
                 (イザヤ42:9)


 主なる神様は、行おうとされることは、まず私達に告げて
くださいます。何も告げられないで突然行われることはないの
です。救い主の到来は、多くの時を用いて、神様は人々に知ら
せてこられました。そして、21世紀に生かされている我々キリ
スト者は、告げられたことがその通りに起こったことを知って
います。

 イエス様の御降誕は、最も大きな出来事です。救いのご計画
の中で、最後の完成する時なのです。ですから、父なる神様は、
ザカリヤとマリヤに告げるために、二回も出向いたのです。
今までに聖書に記されているのは一回だけです。それだけに、
御降誕は大切な知らせだったのです。
 特に異邦人である我々にとっては、最大の出来事なのです。
伝道者パウロはこのすばらしい出来事をエペソ人への手紙で
喜びをもって告げています。

「あなたがたは、以前は肉において異邦人でした。すなわち、
肉において人の手による、いわゆる割礼を持つ人々からは、
無割礼の人々と呼ばれる者であって、そのころのあなたがたは、
キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約
については他国人であり、この世にあって望みもなく、神も
ない人たちでした。」(エペソ2:11-12)

が、今や

「あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、
 今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。」
                 (エペソ2:19)

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12月6日 「福音にとどまる」Uテモテ3:14-17


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{わたしから聞いたことをゆだねなさい}


 「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも
  教える力のある忠実なひとたちにゆだねなさい。」
                (Uテモテ2:2)


 パウロにとって福音にとどまることは、「多くの証人の前で
私から聞いたこと」に留まることでした。弟子テモテに対して
留まり続けるように命じなければならない状況がすでに現れて
いたのです。
 「復活がすでに終わった」と言って人々の信仰をくつがえ
しているヒメナオとピレトが名指しで叱責されているのです。
(Uテモテ2:18)
世を愛してパウロから去っていったデマスのことに、パウロは
心を痛めていました。

 使徒ヨハネは「イエス・キリストが人として来られたことを
告白しない者が大ぜい世に出て行った」(Uヨハネ7)と警告し
ています。
主の御降誕を、処女マリヤからお生まれになられたことを否定
することです。このことは、今日さらに広がっています。

 これらの人々は、聞いた福音に留まることができなかった
のです。これが罪の本質です。アダム以来、聞いた神のことば
に留まらないで、自分の知恵や感情を優先していくのです。
しかも、それにサタンの誘惑が耳元で囁くのです。

 イエス様に倣いましょう。
サタンに試みられた時、旧約聖書のみことばで対抗され勝利
したのです。

すなわち、みことばに留まられたのです。

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2015年11月29日

11月29日 「教会の使命」Uテモテ4:2


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{教会の使命}

 「それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝え
  られ、すべての国の人々がみことばを聞くようになる
  ためでした。」(Uテモテ4:17)


 教会の使命は、イエス様の時代から、今日まで変わることが
ありません。それは、みことばが余すところなく、伝えられ、
全ての国の人々が福音を聞くことです。教会に属する人々は、
時代とともに変わります。また伝道者も変わっていきます。
しかし、使命は変わってはいけないのです。

 伝道者パウロは、全てのことは、この為だと信仰によって、
受け止めていました。困難も、反対者が大勢いても、また、
囚われることがあったとしても、それは、みことばが宣べ伝え
られるために、主によって進められていることと受け止めたの
です。

 しかし、この使命からそれていく教会もあるのです。パウロ
の時代、既にそれていった教会があったのです。それは、伝道
者がそれていき教会に影響を与えていったのです。パウロは
テモテに注意するように手紙を書きました。

人々が拒否しても、みことばを受け入れやすく変えてはならな
いのです。佐倉教会もこの使命を果たして来ました。

これからも、同じ使命に立って、
みことばをまっすぐに語る教会として、歩んでまいります。

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2015年11月22日

11月22日 「神の用いられる者」Tコリント1:26-31


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{神が用いられる者}


 「彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学
  な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエス
  とともにいたのだ、ということがわかって来た。」
                   (使徒4:13)


 佐倉教会にとって、タイムリーに横浜教会より、一冊の本が
送られてきました。

  「好ましい教会の30の印」
     〜牧師と教会の自己診断〜  山宮利忠著

 先生の牧会の経験を通して聖書的教会の姿が示されています。
特に、牧師と教会との関わりにも触れています。
牧師招聘の良きテキストとなります。

 使徒の働きの中に登場してくる人々の中で、ペテロとヨハネ
はイエス様に召し出されました。その理由を見てみましょう。

1)彼らは、見えるところは無学な普通の人であった。

   「人はうわべを見るが、主は心を見る。」
               (Tサムエル16:7)

 ダビデが王として選ばれた時、サムエルに語られた御言葉で
す。ペテロを見た、学者や大祭司や指導者は、彼らのはっきり
と大胆に語る姿に驚いたのです。
聖書のことばを用いて預言者のように話したのです。
聖書をどこで学んだのでしょうと、不思議であったのです。

2)イエス様をほめたたえるためです。

 聞いていた人々が、大胆さの理由は、イエス様と共にいた
ことと理解したのです。

 「『誇る者は主を誇れ。』と書いてあるとおりに
    なるためです」 (Tコリント1:31)

が成就するためです。
 
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2015年11月15日

11月15日 「神の働きに目を向けよ」Tコリント3:6-9



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{牧師職の継承}


 「植える者と水を注ぐ者は、一つですが、それぞれ
   自分自身の働きに従って・・・」 (Tコリント3:8)


 記念集会の時、山宮先生より、教会の危機は二つあることが
指摘されました。一つは、会堂建設の時であり、もう一つは
牧師交代の時です。佐倉教会は二つ目の危機を迎えようとして
います。わたしもそうですが、牧師がすでにいる教会に導かれ
て、信仰生活をする人が多いのではないでしょうか。自分の
指導者を選ぶ時、戸惑いを感じます。
 しかし、教会は、主の来られるまで、地上に存続するために
は、継承していかなければなりません。
この時を危機ではなく、恵みとして受け止めましょう。
 初代教会も、多くの変化をしました。コリントの教会も、
様々な伝道者が、教会建設にかかわりました。パウロ、ペテロ、
アポロ、その他の巡回伝道者も影響を与えました。その為に、
教会内で、騒ぎがおきました。「私の指導者は、この人が好い」
と、自分の好みで、分裂が起こったのです
 パウロは、最初の開拓者、ペテロはイエス様の選ばれた使徒、
アポロは説教が良いなど、人物評価が先行したのです。
この解決のために、パウロは、それぞれの働きは違うけれど、
人を用いて教会を育てているのは、神ご自身であることに信仰
によって受け止めるように勧めました。

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2015年11月08日

11月8日 「ヨベルの年」レビ25:10



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{ヨベルの年―恵みの年}

「主はわたしを遣わされた。・・・しいたげられている人々を
 自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。・・・
 きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり
 実現しました。」(ルカ4:18-21)

  
 1.ヨベルの年は50年目に決められています。

  イスラエルの民が、エジプトから贖い出された時が1月1日
  として、満月の夜、旅立った。1週間を7日、7年目を安息
  の年とし、7年を7回数えて50年目をヨベルの年としたの
  です。


 2.ヨベルとは、角笛を意味します。

  その始まりを、角笛を吹いて知らせたところからヨベルと
  言われました


 3.ヨベルを喜びの代名詞として使われるように
   なりました。

  貧しさのゆえに、家、土地を失った人々が、無償で、返さ
  れ、先祖代々の土地に帰ることが許されたのです。
  それだけではなく、奴隷に身を落としている人々も、自由
  の身になることができたのです。
  ですから、解放の時と言われ、恵みの時となったのです。


 4.ヨベルの年は、イエス様によって、罪と死とサタンの
   支配から、解放される贖いの時になったのです。

  預言者イザヤを通して、主は魂の解放を告げておられたの
  です。そして、イエス様によって、贖いが実現されたこと
  を、告げられたのです。

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2015年11月01日

11月1日 「導きを知る方法」 Uサムエル5:1-3



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{聖書はどのように読むのでしょうか。}

 1.毎日、15分はお読みください。
   15分は一日の1/96ですから、それだけの時間は
   だれにもつくれるはずです。多分、しばらく
   続けますとそれだけでは足りなくなるでしょう。
  
「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも
 良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はた
 してそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。」
              (使徒17章11節)

 2.落ち着いてお読み下さい。軽々しく読み流すの
   ではなく、読んでいることを、理解させて下さい
   と祈りましょう。
 3.祈りの心でお読みください。
 4.自分のために書かれたと思って読んでください。
   聖書はあなたに対する神の福音。

「あなたの御言葉は、私の足のともしび、私の道の光です。」
              (詩篇119篇105節)

 5.素晴らしいと思った聖句に印をつけましょう。
 6.終わりまで読み通しましょう。
 7.特に大事なみことばは暗唱しましょう。
   あとでは、必ずすばらしい祝福を受けるでしょう。

「聖書を100回読んでから、100回目に私は最初に読んだ時
 よりもずっとすばらしいものだということを知りました。」
          (説教者チャールズ・スポルジョン)

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2015年10月25日

10月25日 「御霊の導き」使徒13:1-4


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{日々の務め}(山頂を目指してより)

「あなたはほんの小さな事にも忠実だったから・・・」
                  (ルカ19:17)

 人格をつくり上げるものは、
 私たちの日常の行動
 私たちの日々務めである
 私たちの言行
 私たちが苦悩に処する方法
 私たちのとる態度
 私たちの楽しんでいる娯楽
 私たちのつくる友人である。
 私たちの現在のひととなりをつくるのは
 大事件だけではない。
 また、万事都合よくいって、幸福の絶頂にいる
 目のくらむようなときでもない。
 そうではなく
 私たちが歩む道中におこる小さなことが
 小さなことが
 神にとっての、私たちの価値を決めるのだ。
                 (カウマン)
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2015年10月18日

10月12日 設立50周年記念感謝集会



■説教者:横浜聖書バプテスト教会宣教牧師 山宮利忠師
■聖書箇所:使徒の働き9章31節
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10月18日 「神の召し」ローマ1:1-7



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2015年10月12日

10月11日 設立50周年記念感謝礼拝 10月11日 設立50周年記念感謝礼拝



ラバン・ラージャス宣教師
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2015年10月05日

10月4日 父なる神の喜び



{父なる神の喜び}
 「ところが、まだ家までは遠かったのに。父親は彼を見つけ、可哀そうに思い、走り寄って彼をだき、口づけした。」(ルカ一五:二〇)
   
「親の心、子知らず」とはよく言ったものです。父なる神の心と人の心とは、大きな違いがあります。イエス様は父なる神のみこころを人々に示されました。それが福音はです。「放蕩息子」と題が付けられているほど
  よく知られた話の中に、素晴らしい福音が語られています。
一 罪人は神を離れて生活する事
二 罪人は乱費の生涯を送る事
三 罪人は不運の生涯を送る事
四 罪人は困窮の生涯を送る事
五 罪人は奴隷の生涯を送る事
六 罪人は不満足な生涯を送る事
七 罪人は頼りなき生涯を送る事
八 罪人の行く末は滅びである事
九 罪人も尚救わる望がある事
十 天の父は喜んで罪人を向へたもう事
 父なる神は、放蕩息子と同じように、どんな罪人であっても、悔い改
めて、帰ってくる者を喜んで迎えてくださるのです。
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2015年10月01日

9月27日 天の大いなる喜び (メッセージと週報)



{天の大いなる喜び}
 「一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九九人の正しい人に勝る喜びが天にあるのです。」(ルカ一五:七)
   
福音は神から、人々に与えられるのです。先日、青年が教会をたづね
てこられました。青年は、学生時代に聖書に接して、信仰に導かれました
そして、香取市の故郷に帰り、日本基督教団の成田教会に集い、ある献
身に導かれて、東京キリスト神学大学に入学しました。しかし、そこで
聞いた聖書の話が、つまずきになったのです。「モーセはいなかった」
「聖書は、古代の文書の寄せ集めによって、編集されたもの」等々。そ
して、学生の態度につまずいてしまったのです。いわゆるリベラル派と
言われている聖書理解に立っているところから、出て来た疑問です。
 信仰は、まず、神が語れた声(聖書の御言葉)に耳を傾けて聞くこと
から始まるのです。人々が救われてほしいと願っているのは、人々の願
うまえに、神が願っておられることが、聖書に明確に書かれています。
 神から、離れ、迷い、自分勝手に生きている人は、神の側から見ると
失われているのです。ほっていると、羊が羊飼いから、離れては生きら
れないように、いずれ倒れるのです。その先にまっているのは、死であ
り、永遠の滅びなのです。そうなる前に、神は、救い、取り戻すために
準備をし、必要なことを全てなさり、探し求めておられるのです。

posted by sbbc at 18:23| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

9月20日 信仰の必要―イエスの赦し

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2015年09月15日

9月13日 ピレモンの従順―兄弟愛と赦し

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2015年09月04日

8月30日 テモテの従順―子が父に仕えるように

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2015年08月20日

8月16日 教会の働きへの従順

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8月9日 従順の恵み

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8月2日 望の神―主に従順に

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2015年07月07日

7月5日 愛は律法を全うする

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6月28日 愛の実践

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