2018年06月11日

6月10日 編集中

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6月3日 編集中

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5月27日 編集中

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5月20日 編集中

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2018年05月13日

5月13日 {バプテスマの祝福}



「キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。」(ローマ六:三)
   
 私たちの教会は「バプテスト教会」を名乗ります。名は体を表します。
「バプテスト」とは、「バプテスマを受けた者」という意味です。それは、ヨーロッパ諸国において、信仰を表明した人々が、幼児洗礼を受けていた人などが、聖書に従って、信仰告白をし、救われた人が「父と御子と聖霊によってバプテスマを受ける」のが主のご命令であることを信じて、改めてバプテスマを全浸礼で受けたのです。それを見ていた人々が、「あの人々はアナバプテストだ。」と揶揄したのです。しかし、バプテスマを受けた人々は、自ら「私たちはバプテスト」だと名乗るようになったのです。しかし、そのため迫害を受けるようになりました。そこに主の守りがあり、バプテストを標ぼうする人々は全世界に広がっていきました。そして、私たちまで、その祝福を受けたのです。
 
佐倉聖書バプテスト教会は、この信仰の遺産を継承しています。

 一、主のご命令です。主の約束である十字架と復活を信じ、救われた者が、父と御子と聖霊によってバプテスマを施すことを、弟子たちにご命令されました。ペテロもパウロも忠実に従いました。

 二、バプテスマは全浸礼で行われました。私たちはそれに従いました。

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5月6日 {キリストに合わせられる必要}



 「キリストが御父の栄光によって、死者の中からよみがえられたように私たちもいのちにあって新しい歩みをするためです。」(ローマ六:四)
   
 神から離れ、自分勝手な道に迷っていた私たちが、どのようにして、新しい道を歩むことが出来るのでしょうか。それは、信仰によって、「キリストにつぎ合わされた」(ローマ五:4)というみ言葉を信じて、歩き出すことです。
 イスラエルの民は、荒野で、罪を犯したため、神は裁きの為に、ヘビを遣わしました。民はヘビに嚙まれて死に直面しました。民は悔い改めて、神に祈りました。神はその祈りを聞かれ、「モーセに銅で燃えるヘビを造って、さおに高く掲げよ。それを見上げた者は癒される」と告げられました。そのことばを聞き、信じて、見上げた者は癒されました。イエス様は「モーセが荒野でヘビを上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって、永遠のいのちを持つためです。」(ヨハネ三:一四)と語られました。
  この時、神への不従順を悔い改めて、ゆるしを願い、従順に歩むことを願って、十字架を見上げる時、神はその人をキリストにつぎ合わしてくださるのです。その証しとしてバプテスマを受けます。それはキリストとともに死に、キリストとともに生きたという信仰を神と教会に告白するのです。

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4月29日 {神の国は神の義によって治められている}

※音声データはありません。

「イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。」(ローマ三:二二)
   
 神の国は、神の義によって、治められています。神の国の国民は、神の義にふさわしい者でなければ国民の義務を果たすことが出来ません。
 今、ヨーロッパ諸国に難民が押し寄せています。命が危ういために、母国を捨てて、受け入れてくれる国を目指して決死の覚悟で、国を出るのです。しかし、暫くすると、その国になじめなく、生活に困窮してきます。ある人は、母国に帰ります。またある人は犯罪に手をそめるのです。
 
 神の国においても同じことです。聖書は、「義人はいない。ひとりもいない。」(ローマ三:一〇)と言っています。
その印は、「神を求める人はいない。善を行う人はいない。彼らの足は血を流すのに速く、彼らの道には破壊と悲惨がある。神に対する畏れがない。」(ローマ三:一一〜一八)と神はみておられます。自分自身の内を見ましょう。あなたは、同意しますか。「ひとりもいない。」というのですから自分も含まれるのです。当然、詩篇を書いたダビデも、ローマ書を書いたパウロもこの中に入っているのです。
 
 ですから、だれひとりとして、そのままでは、神の国の国民として、ふさわしくないのです。ここに信仰が必要なのです。イエス・キリストを通して新しい創造が必要なのです。
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4月22日 {天国に入るには}

※音声データはありません。

「宣教を開始して言われた。『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから』(マタイ四:一七)
   
 聖書は天国に入ることを真剣に考えさせます。天国は架空のものではありません。実在するのです。イエス・キリストは天国に入るためにはどうしたらよいかを明らかにされました。イエス様がこの世界に来られた目的はただ一つです。罪がはびこるこの世から、人々を救いだし、御国に入れるためなのです。
 イエス様は、御国について多くを語られました。また、この世についても語られました。そして、恐ろしい永遠の滅びについても告げたのです。ここに信仰が働きます。御国について、はっきりと知りましょう。心から慕うようになるまで探求しましょう。すばらしい国です。

一、イエス・キリストが王
二、私たちが御国に入れるように、イエス様が、命を捨てられた。
三、永遠に滅びない国
四、罪も死もない。サタンもいない。
五、イエス様といつも共にいて下さる。
六、主をほめ歌い、礼拝を捧げる。
七、都は金銀宝石で建てられている。
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2018年04月15日

4月15日 {確かな約束―新しい契約}

「こういう訳で、キリストは新しい契約の仲介者です。それは、初めの契約の時の違反を贖うための死が実現したので、召された者たちが永遠の資産の約束をうけとることができるためなのです。」(へブル九:一五)
   
一、日本人は聖書の神の約束から遠く離れていました。
 日本人は、イエス様以前の時代において、聖書の神を知りませんでした。
 イスラエルの民への約束から、遠く離れていました。素晴らしい約束でしたが、異邦人である私たちは関係のない約束でした。そこには、はっきりと区別があったのです。
 二、イエス様の御業は、異邦人にも契約を結んでくださった。
イエス様は、血筋によらない「信仰」のみによる契約を新たに結んでくださったのです。
 三、その確かさは、イスラエルの民の歩みの証しに見ることができます。
 神は契約通りに民を導きました。そして、キリストの派遣、御業、十字架と復活は聖書に書かれている約束に従って行われました。十字架と復活が現実としてある限り、この契約は実行力があるのです。今までも変わらなかったように、これからも変わることはないのです。再び、主イエス・キリストは、十字架にかかることはないのです。もう一度来られる時は、信仰によって、神の家族とされた人々を天に迎えるために来られます。
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4月8日

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2018年04月08日

4月1日 {福音の最も大切なこと}



「あの方はよみがえりました。ここにはおられません。」(マルコ一六:六)
   
 イエスキリストは、「最も大いなる愛は、友のために命を捨てること」であると話されました。その心の活動は、人々を幸福にするものです。この心の働きが出来ないために人は憎しみあい、争いがあり、滅んでいくのです。人々は空を打つ拳闘をしています。幸福を願って、自分中心の心で対応していますが、結果はその逆になっています。その良い例を世界情勢に見ます。世界は今、自国中心、自国第一の政策を取ってきています。そうすれば豊かになり自国を守ることが出来ると考えています。他国優先では国が成り立っていかないと考えるのです。人の力では解決できない、迷路に迷い込んで行くのです。
 イエス・キリストは罪びとを救うために、ご自身のいのちを神に捧げました。そのイエス様のみこころは、預言者イザヤによって語られています「彼は自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。」(イザヤ53:一一)イエス様の心は愛でいっぱいでした。そして幸いでした。それは「主のみこころは彼によって成し遂げられたからです。」
 主は、そのようなイエス様を、よみに捨て置かれるような方ではありません。甦がえらせたのです。この神のみ力に望みをかけましょう。
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2018年03月28日

3月25日 {全ては、みことばに従って}

「キリストは聖書の示す通りに、私たちの罪のために死なれたこと・・・」(Tコリント一五:三)
   
  今、世界は大きく揺れ動いています。それは、私たちに不安を抱かせます。先日「経済戦争」という言葉が世界を駆け抜けました。様々な人々が素早く反応します。それは不安からくる動揺です。自分を守るための反応です。しかし、盤石な対応ではありません。
  詩篇一一九篇の作者は常に戦いがありました。「君主らは、ゆえもなく私を迫害しています。」(一六一節)しかし、不安から動揺することはありませんでした。それは「あなたのみ教えを愛する者には、豊かな平和があり、つまずきがありません。」(一六五節)という確信があり、「私の道はすべて、あなたの御前にあります。」(一六八節)と信仰に立っていたからです。
  ダビデ王にとって、すでに定まっている聖書のことばによって、神の御こころと行動は定まっている信仰に常に立っていたので、神に求めることができました。ダビデにとって、神を愛するとは、みことばを愛することであり、み言葉を実践することでした。人々の心が変わるとも、み言葉は変わりません。神の私たちに対する想いは、愛によって常に接してくださるのです。「私は滅びる羊のように、迷いでました。」「どうかあなたのしもべを探し求めてください」と祈ることができる神なのです。イエス様の姿です。

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3月18日 {祈りなさい。}

「互いのために祈りなさい。・・・義人の祈りは働くと大きな力があります」
(ヤコブ五:一六) 

  私は以前、犬を飼っていました。仕事を終えて家に帰ってドアを開けると今まで静かにしていた犬の次郎が吼え始めます。私のほかにも人はいるのですが、全然騒ぎません。外に連れていってくれて遊んでくれる人はだれかをよく知っているのです。
  同じように、子供は、期待ある人に求めます。おねだりする時は、親に求めます。他人には行きません。子供は賢いのです。教えなくても解っています。
  私たちの祈りも同じです。期待できる方に求めます。ダビデは、常に神に求めました。それは、神と親しく日々を過ごしていたからです。どんな時にも神とともに過ごしていたのです。そうでなければ、危険な時にすぐに神に向かって求めることはできないのです。
  最近交わりをもった宣教師の先生の息子さんが、海兵隊の隊員として海外に派遣されていました。最近アフガ二スタンに派遣されることになったそうです。その時、初めて「お父さん、自分のために祈ってください。」と電話してきたそうです。ご両親は喜んでおられました。
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2018年03月24日

3月11日 {みことばの戸が開くと}



「みことばを聞いて、それを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結びある者は百倍、ある者は六〇倍、あるものは三〇倍の実を結びます。」
(マタイ一三:二三) 
 イエス様は、み言葉を聞いて、悟ることの重要性を話されました。多くの実を結ぶには、聞いて悟る者です。と語られました。「悟」とは、真理を心で受け入れることです。人は心で、確信したところで喜び、行動します。悟ることは神の賜物です。
 ダビデは、「みことばの戸が開くと、光差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。」と証をしています。しかし、聖書を読みと自動的に光が差し込むのではないようです。「戸が開く」というところにヒントがあります。その良い例はU歴代二九:3にあります。ヒゼキヤが王になったとき、今まで長い間、主の宮の戸が閉じられていました。ユダの人々が主から離れていたため、宮の戸を閉めて、神から聞こうとはしなかったのです。そのため、弱く、国の危機が迫っていたのです。ヒゼキヤは、神に立ち返るために、国の改革を断行したのです。まず初めに、主の宮の戸を開いて宮を清めたのです。それは、主なる神に聞くことを、まず第一に行ったのです。ここに信仰が求められます。み言葉は神御自身です。「みことばの戸を開く」とは、神ご自身の声を聴き従う信仰を持って聖書を開くことです。
 聖書をあなたは、日に何回開きますか。聖書があなたの悟りなのです。
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2018年03月04日

3月4日 {主は私の保証人}



「聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。」(エペソ一:一四) 
 
「保証人」という言葉がダビデの時代にすでにあったことは驚きです。現在の私たちの社会生活に欠かすことのできないシステムです。このことからも聖書が神の言葉であることが確信できます。
 「保証人」は様々なところで必要なシステムです。就職する時期ですが大体の会社は新しく入社する新入社員には、保証人をつけるように要求します。厳しい会社は、保証人になる人の条件を付けます。私が就職した時は、その条件に、近くに住居している人がありました。入社試験に合格しても、保証人が立てられなければ断念しなければなりません。私は、兄が横浜にいましたので助かりました。
 しかし、保証人として引き受けて頂くためには、互いの信頼が必要です。保証するからには、その人のことは、どんなことになろうとも、引き受けますという覚悟が必要です。イエス様は、私たちの保証人として、引き受てくださったのです。それは、どんなことになろうとも、わたしが、すべてを負います、と父なる神に誓われたのです。その最初に、私たちが神に受け入れられ、神の国に入れるために、罪によってけがれた私たちを、血によって清めるために、十字架についてくださったのです。そして、よみがえり永遠に生きて私たちの為に、天国への道を整えてくださったのです。
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2月25日 {みことばは私の足のともしび}



{みことばは私の足のともしび}
 「私は世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく
いのちの光を持つのです。」(ヨハネ八:一二) 
 
 「ともしび」は、暗闇の道を歩くとき、自分の足もとを照らす道具です。わたしは田舎育ちですので、今でも思い出しますが、幼いころ手伝いで、ごま油を家で収穫したごまと交換するために、懐中電灯で照らしながら暗い夜道を歩いて、遠い店までいかなければなりませんでした。
とても怖い思いをしたものです。
 「灯」は、自分の足元を照らします。そんなに広い場所を明るくはしないのです。他の人の持っている灯で、自分の足元を明るくすることはできません。使徒ヨハネは、このことをよく知っていました。イエス様こそ「私の足のともしび」であったのです。ですからイエス様を前にして、その後に離れないようにピッタリとくっついて歩いていけばよいと書きました。
イスラエルの民が約束の地を目指して旅をしているとき、幕屋の上には輝く火の柱があったのです。暗い夜でも歩くことができるように、四〇年間、毎日光輝いていたのです。今は、神の国を目指しているキリスト者のために、イエス様を同じように、決して消える事のない光を私たちのために、照り輝かして導いておられるのです。
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2月18日 {天使ガブリエルの告知}



 「ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが神から遣わされてガリラヤのナザレという町の一人の処女のところに来た。」(ルカ一:二六)
 
 全世界の滅亡からの救いの準備が整い、いよいよ最後の行動が開始されました。天使ガブリエルが、マリヤのところに遣わされたのです。ガブリエルは、約五五〇年前に、終わりの日の事を伝えるために、ダニエルに遣わされました。(ダニエル八:一五〜) その同じガブリエルが、主の使者として、救い主イエス・キリストの母となるマリヤのところに来たのです。
 「おめでとう。恵まれた方。主があなたと、ともにおられます。・・・・御覧なさい。あなたは身ごもって男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。その子は優れた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また
神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家をおさめ、その国は終わることはありません。」(ルカ一:二八〜三三)
 マリヤは、主イエス・キリストの誕生の一部始終を知っている人です。ガブリエルの告知から、誕生、十字架、復活まで、すべてを目撃した唯一の方です。その方が証をしているのです。「この人たちは、婦人たちや
エスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みなこころを合わせ祈りに専念していた。」(使徒一:一四)
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2月11日 {神の家族として主の御前に出る}



「こうして、彼らはその日、数多くのいけにえをささげて喜び歌った。神が彼らを大いによろこばせてくださったからである。女も子供もも喜び歌ったので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた。」(ネヘミヤ一二:四三) 

 ネヘミヤ記のこの記事は、破壊されていたエルサレムの町がネヘミヤの指導のもと、城壁が再建され、神殿を中心とした民の生活が整えられた時、城壁の奉献式の様子を記録したものです。すべてのイスラエルの民が、参加し、祭司、聖歌隊、指導者などが城壁の上に立ち、その中央に民が一同に集まり、聖歌隊の歌に合わせて、賛美をささげたのです。
  ネヘミヤは、その中に、「女も子供も喜び歌った」と書き記したのです。これが、主の喜ばれる礼拝です。「神が彼らを大いに喜ばせてくださった。」のです。民として、神の家族として、全員で主を礼拝したのです。
 全ての者が、理解し、ささげ、喜び歌ったのです。新約において、イエス様の周りには、成人はもとより、子供や社会から締め出されていた人々など、神を求めて集まってきた人々が大勢いたのです。律法学者や祭司たちは、子供たちが「ダビデの子にホサナ」と賛美している姿に腹をたてたのです。その人たちに「あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された。」(マタイ二一:一六)と旧約聖書を引用し戒められたのです。
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2月4日 {み言葉の通りに}

「あなたの御口のおしえは、私にとって、幾千の金銀にまさるものです。」
                        (詩篇一一九:七二) 
  
  主のみこころはわたしたちを生かすことです。(七七節)
 会堂にポトスを飾っていました。気がついた方はおりますか。二週間前から、一鉢がなくなっています。雪がふり寒さのため、根が傷ついてしまいました。残念ながら、回復しません。ポトスは寒さに弱いのです。美しく生かし続けるには、正しい知識と注意深さとこまめに行動しなければなり
ません。
 人を生かし続けるには、どれほどの知識と細やかな心使いが必要でしょうか。神は、そのためにみ言葉を私たちに託しました。ダビデは、それを信仰によって知っていました。ですから「幾千の金銀に勝るものです。」と告白しました。確かに、金銀はいくらかは人を生かすために必要でしょう。しかし、私たちの全てに対応はできません。
 ダビデは、高ぶる者の偽りから身を守り、その策略に惑わされないように、主のみ言葉を待ち望みました。また、迷い出たとき、苦しみと悩みを通して、主の道に引き戻されたのです。そこに、羊飼いの諭す杖を見たのです。そこにダビデは、暖かい神の心を信仰によって悟ったのです。
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2018年01月29日

1月28日 {主の約束}

※今回は録音音声はありません。

「どうか、しもべへのみことばを思い出してください。あなたは、私がそ
れを待ち望むようになさいました。」       (詩篇一一九:四九)
 
 主を信じることは、主の約束を信じることです。主の約束は、み言葉を通して、私たちに告げられました。それが、今は聖書として編集されました。これ以外に、主の約束はありません。ダビデは、その約束を待ち望むように主に導かれました。

  その約束とは「わたしはあなたをすべての敵から守って、安息を与える。さらに主は、あなたに告げる。『主はあなたのために一つの家を建てる。』あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしはあなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとにお越し、彼の王国を確立させる。・・・・あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも堅く立つ。」(Uサムエル七:一一〜一六)
 
ダビデは、どんな危険な時でもこの主の約束を信じて、主に従いました。それは、「油そそがれた者に手をかけない。」ことでした。そのために、彼は、長く逃亡生活をしたのです。最後には、敵であったペリシテ人の中に身を置かなければなりませんでした。当然命の保証はどこにもありません。その保証は、主からの約束だけでした。彼は、それをしんじたのです。「主は守ってくださる。」と。主は約束を果たしてくださいました。
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2018年01月26日

1月21日 {おきての道}


「私はあなたの仰せを喜びとします。それは私の愛するものです。」(詩篇一一九:四七)
 
詩篇の記者ダビデは、聖書を「おきての道」(三三節)、「仰せの道」(三五節)、「あなたの道」(三七節)、「あなたの義」(四〇節)、「あなたのみ教え」(三四節)と表現しています。これは律法の内容を必要に応じて語ったものです。「おきて」とは、国を治める法律、「仰せ」と「あなた」道は、個人の歩み方であり、「義」とは、神の公平さであり、どのような人々にも例外なく、適用され、命ある者が豊かに生かされていくものであることが述べられています。すなわち、私たちが十分に豊かに生かされていくために必要な全てが啓示されているのが聖書なのです。
 ダビデはこの聖書を「教えられ」「悟ることができるように」「踏みゆきましょう」と告白したのでしょう。それは、自分がいかに弱いか、迷いやすい者であるか」「何も知らない者であるか」を知っていたのです。ですから、ひたすらに主のみ声にすがったのです。子であるソロモンが、神に第一に求めたことは「知恵を与えてください」と願ったのは、父ダビデの姿を見ていたからでしょう。
 そして、その道が、最後のなくならない報いであり、その道が楽しい道であり、喜びの道であることを体験的知っていたのです。

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2018年01月14日

1月14日 みことばは私を生かします

「私があなたのことばを守るようにしてください。」
(詩篇一一九:一七)
 
 この願いは、詩篇随一の一大長編の中に、波のように何度もくりかえしてあげられています。同様にあなたの長い人生においても、この祈願のしげくあらんことを。真のおきて、天的な知恵は、ただ最も偉大なる教師より聞きうるのです。あのべタ二ヤ村のマリヤが、主のみくちから出る知恵をむさぼり聞いたように、私たちもそのひざ元で耳を傾けましょう。何をするにも-―そうです。飲むにも食べるにも、むだなく真の第一義的な生活を生きるために、聖なる神の御前にただしく生きるために、自分の知恵や人の思想によることなく、神のおきてこそ求めましょう。
 「競技をするときも、規定に従って競技をしなければ栄冠を得ることはできません。」(Uテモテ二:5)懸命な熱心さも、ただ自己流の熱心であったとしたら、かえって神の義にしたがわないことになってしまうのです。
 おりにふれ、時にかなって、神のおきてを求め、学びつつ、いつしか、それが生活のリズムとなり、旅路の歌となるまでに。
(今日の力より)
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聖歌コンサート

横浜で聖歌コンサートが開かれました。佐倉も参加し、主を賛美しました。
よく準備され、時間も計画通りに運びました。他の教会の賛美も聞き、恵まれたひと時をすごしました。
指導、準備をしてくださった野崎姉に感謝いたします。DVDを注文しましたので、後で聞くことができるでしょう。
DSC01129.JPG
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2018年1月7日 主の道を歩もう



 「私はあなたのおきてを喜びとし、あなたのことばを忘れません。」
(詩篇一一九:一六)
 
 一月五日の読売新聞に、平成時代の特集が掲載されていました。「価値観ぐらり、幸せって何ですか。」という表題が書かれていました。「平成は豊かな昭和を引き継いで始まった。モノが足りない時代は過去となり、平成を通して多くの人々の暮らしに満足感を示してきた。一方で低迷する経済は貧困、格差の問題を浮かびあがらせた。結婚をためらう若者も増えている。昭和の人生モデルは揺らぎ、将来を見通せない不安が募る。ポスト平成はどういう時代になるのだろう。」とコメントしています。
 多様性時代といわれ、それを歓迎してきた平成時代であったが、ここにきて、幸いな人生はなんであるのか、だれも示してくれない時代であり、自分で探さなければならない時代であったのですが、はたして、その答えは見つかったのでしょうか。
 聖書は、どのような時代であっても、変わらない「幸いな道」を人々に示しています。神は唯一であり、変わることのない方です。神が最も愛しておられる人々が、幸いな歩みをしてほしいと願うことは、当然のことではないでしょうか。その方が用意してくださった「主の道」を歩むことがどの時代においても幸いなのです。
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12月31日 年末にさいしてー主をほめたたえよ

「主はとこしえまでも統べ治められる。」(詩篇一四六:一〇)
 
 主をほめたたえることは、主なる神のご命令です。この一年の終わりに「主をほめたたえる」ことができるならば、来年にも期待できます。なぜ、誉めたてることができるのでしょうか。
一 主は天と地と海とその中のいっさいを造られた方
二 真実を守り、正しく裁きを行う方
三 パンをあたえ、囚われ人を開放される方
四 盲人の目を開けられ、かがんでいる者を起こされる方
五 正しい者を愛され、在留異国人を守り、みなしごとやもめを守られる方
六 悪者を曲げられる方
七 とこしえまでも統べ治められる方
 このような方が私たちに目をそそがれ、助けて下さるのです。私たちの希望は、この神にかかっています。この確証はどこからくるのでしょうか。それは、イエス・キリストからくるのです。福音書に書かれているイエス様こそ、ダビデがほめたたえた神の御業を証しをしてくださった方です。罪があがなわれて、義とされた人々に分け隔てなく愛し、助けてくださるのです。
 

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12月24日 {救い主、生まれたもう}

{救い主、生まれたもう}
 「きょうダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生れになりました。この方こそ主キリストです。」(ルカ二:一一)
 
主キリストとはどんな方でしょう。イザヤ書にはこのように書かれています。
「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にありその名は不思議な助言者、力ある神永遠の父、平和の君と呼ばれる。
その主権は増し加わり、その平和は限りなくダビデの王座について、その王国を治め裁きと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今よりとこしえまで。万軍の熱心がこれを成し遂げる。」(イザヤ九:6、7)
素晴らしい方です。そして統治はすでに始まっているのです。イエス・キリストを信じる者の内に、その力はおよんでいます。このキリストに全てを委ねましょう。そうすれば主イエス・キリストは平和の道に導いてくださいます。
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12月17日 

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2017年12月12日

12月10日 {主の準備}

「それは、わたしがきて、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」
(マラキ四:六)
 
 預言者マラキは、紀元前四〇〇年ごろに預言者として活動しました。旧約の最後の預言者でした。預言者ミカから約三〇〇年が経過していました。この間、イスラエルの民は今までにない最大の危機を経験しました。北イスラエルは、民の罪によって、滅ぼされ、南ユダ王国は、悔い改めることによって、主に救われて約一四〇年間守られます。しかし、再び主に反抗して、神の裁きを受け、国が滅ぼされたのです。しかし、神の憐みによって、七〇年後に再びエルサレムに帰還が赦されました。神殿を再建し、神を中心にして、歩み始めました。
 民は、このような主の取り扱いを受け、理解していくのです。主の祝福と、その約束の確かさを身に叩き込まれるのです。その結果、異邦人の偶像礼拝から、きっぱりと離れ、み言葉を中心にして国を建てあげていくのです。
 救い主の来られる準備が整いました。そして、最後の準備のために、エリヤが再び派遣されるのです。救い主イエス様の弟子となる人々を準備するのです。「しかし、私は言います。エリヤはもうすでに来たのです。」(マタイ一七:一二)。主の来られる準備は整いました。
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12月3日 {神の預言}

「昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ五:二)
 
 預言者ミカは紀元前七五一年〜六八七年に預言者として活動しました。預言は、神から遣わされて、神からのメッセージを民に伝えるのです。ミカの故郷は、エルサレムの南東四〇q、西はペリシテ人の町ガテがあり、東はアドラムの中間に位置するモレシト人の町でした。ここは、東西南北の交通の要所であり、エジプトやアッシリアからの人々が行ききする地点です。ミカは世の動きを敏感に感じ取りながら育ちました。
 この時代は、イスラエルの民は、主から遠くに離れていました。そのため神は民を立ち返らすために、預言者ミカやイザヤを遣わされました。しかし北イスラエルは、さらに罪を犯して神に反抗したのです。そこで神はアッシリヤの国を用いて、イスラエルの国を攻めさせたのです。
 紀元前七二一年、北イスラエルの首都サマリヤが陥落してしまいました。しかし、南ユダ王国は、預言者イザヤの働きによって、主に聞き従い、主の不思議な方法で、アッシリヤの攻撃から、救われたのです。
 ミカの活動した時代は、私たちの時代と似ています。神から離れているのです。ミカの預言通り、人々を神に立ち返らすために、イエス様が遣わされました。あなたは、サマリヤの人々と同じように行動しますか。それとも、エルサレムの人々のように、神の声を聴き、悔い改めて従いますか。
posted by sbbc at 14:22| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする