2017年07月04日

6月25日 「不思議に見える主の御業」


「不思議に見える主の御業」
                       
一、主はどのような方なのか。
 主の御業は、私達の目には不思議に見えます。そこに信仰が問われます。使徒パウロは「ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。その裁きは、何と知り尽くしがたく、その道は、なんと測り知りがたいことでしょう。」(ローマ一一:三三)
 人は、そのことを知っています。信じ難い美しい物を表現する時「神秘的」と言います。しかし、それは現実なのです。
二、前もって、聖書を通して語ってくださっています。それを、受け入れ、従うことが神が求めておられる信仰なのです。
 ギデオンに神は、命じました。ギデオンを助けるために、戦う備えをして集まってきた民を減らされたのです。ギデオンも驚くほど多くの民三二〇〇〇人が集まったのです。ギデオンは、勇気を与えられました。その心を見た神は、三〇〇人まで絞られたのです。ギデオンは、不安に襲われました。心の内で「この人数で戦えと言うのですか。」と。敵は四五〇倍もいるのです。しかし、神は、ギデオンを優しく導くのです。
  また、選ばれた民もまた、ギデオン以上に不安になったことでしょう。しかし、不思議に民は、ギデオンの指示に従ったのです。神のお働きです。
posted by sbbc at 10:31| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする