2017年01月08日

11月13日 「信仰の目線」

「信仰の目線」  
「あなたは自分は富んでいる、豊かになった、、乏しいものはなにもないと言って実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で裸の者であることを知らない。」(黙示録3:17)
 先日、ベレヤ会の証しの時、ある姉妹がスカイツリーに上った証をされました。「高い展望台から、はるか下に見える町並木や人々の動きを見ていると、神様は地上にいる人々を一人一人見て、対応されていることを思うと神様を畏れました。」と証されました。
 「信仰」は神の目線ですべてを見る事なのです。目で見ることができるものから、見えない心や価値観、真理や霊的なことまで、私達が生きることに必要なものすべてを、神の目線で見る事が「信仰」なのです。それは、聖書の御言葉を通して、見ることです。
  イエス様は、ある日、人々をご覧になった時、「羊飼いのいない羊のように弱りはてて、倒れている彼らをかわいそうに思われた。」(マタイ9:36)
 これがイエス様の見ておられるところです。また、神の目線なのです。預言者エゼキエルを通して、同じ姿を神は見ておられることを、語られています。エゼキエル書33、34章に詳しく語られています。「彼らは牧者がいないので散らされ、獣の餌食となり・・・・」それ故、神は牧者すなわちダビデを起こす。彼は彼らを養い、彼らの牧者となる。」この牧者こそイエス・キリストなのです。教会はこのイエス様の目線で世を見なければなりません。
posted by sbbc at 01:23| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする