2016年02月07日

2月7日 「教会の権威」Tコリント5:11-13


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          {厳しさと優しさ}



 「見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。」
                   (ローマ11:22)



 神には、厳しさと優しさとが共にあり、バランスがとれて
おいでです。
厳しさは、その聖さから生まれ、優しさは、愛から生まれます。

 聖書の記録は、このことを実によく示していると言える
でしょう。律法と恵みということばであらわしても誤りでは
ありません。律法は、神が私達に求められる標準であり、
その標準に達しない私達のために、自らその足りなさを補って
下さった、正確には贖って下さったのが恵みです。
律法には、人がいかに神の求める標準に達しないかを明らかに
してくれる役目があり、恵みには、いかに神が人を愛してくだ
さっているかが明らかにされています。

 この二つのことを人は明らかに知る必要があるわけです。
人がただ自分の弱さを認めるだけでは不十分で、神と直し、
神の前にいかに自分が愚かで、不遜で、不従順で無力な者で
あるかを知らされるところに律法の役目があります。

 現代は、この神の前に自分の罪深さを知り、認めるという
ことが嫌われる傾向が強いという点で終末的です。即ち厳しさ
が嫌われる時代なのです。神の前に於ける厳しさをしっかりと
受け止められない人は、十字架の神の愛を真に理解するに至り
ません。それは単なる優しさ、人間的な愛にすぎませんから
極めて不安定で永続できません。
             (山宮先生の牧者の声より抜粋)


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posted by sbbc at 13:07| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする