2015年06月19日

週報 信仰の量りに従って

「大勢いる私達も、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。」(ロマ一二:五)
パウロは、教会を人のからだに譬えて「教会はキリストのからだであり、私達はその器官である」と多くの書簡に記しています。私達は自分がどの器官に属するかは、「神がおのおのに分け与えて下さった信仰の量り」によって、教えられていると教えます。
確かに、人のからだは、神によって創造されました。必要な器官は、神だけがご存知です。そして、その器官の役目もそのシステムも人は受け入れるだけです。同じように、キリストのからだである教会も、なにが必要なものなのかは、神がご存知です。
「信仰の量りによって」とは、
@ 教会はキリストのからだである、ことを信じる。
A 新しくされた私は、その器官の一つに召されている、ことを信じる。
B 自分はどの器官であるかは、主が導かれる、ことを信じる。
C キリストの愛に応えるために、与えられている賜物を最大限に用いる、信仰。
D 他の器官をも、同じように主によって与えられていることを尊重する信仰。比べ、競争し、誇るためではないのです。
E 奉仕は自発的であることが勧められている根拠です。
posted by sbbc at 16:25| 週報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする