2015年02月22日

週報 赦しの原点ー神の寛容

「私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。」(マタイ一八:三三)
  
  「一般に、クリスチャンは人使いがあらい、と言われる。確かに彼らは、すべてを奉仕と心得ているので、良く働く。彼らの勤勉は賞賛に値する。しかし、彼らは、ともすれば、自分もこれだけ奉仕し、これだけ勤勉に働いているのだから、他人も同じだけ奉仕し、同じだけ勤勉に働くのが当然だと、考えがちで、その結果、人使いが荒くなりやすい。しかし、これはクリスチャン的利己主義であるというのが世評である。わたしたちのおちいりがちな欠陥を鋭く突いた、正論といわなければならない。
   自らに対して厳格な人は、他人に対しても厳格になりがちである。わたしたちは、自己自らに対するかぎり、いかに厳格に振る舞っても、厳格すぎるということはあり得ない。しかし、他人に対しては、逆に、いかに忍耐深く、寛大に振る舞っても、寛大すぎるということはないのである。」
(柳田友信著ペテロの手紙の研究より)
   イエス様は、神様が私達に対して、寛容を示して下さり、払いきれない負債を、免除して下さったことを常に覚えて他の人に対応することを教えられました。「寛容」とは辞書には「他人の罪を厳しく攻めぬこと」「人をゆるし、受け入れること」とあります。
posted by sbbc at 21:31| 週報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする