2017年03月26日

3月26日 「共に歩まれる主」



「モーセは主の命によって、パランの荒野から彼らを遣わした。」
(民数記13:3)
 主が共に歩まれる恵みを、旧約聖書を通して新約時代に生かされている我々に神は繰り返し繰り返し語って下さっています。神はイスラエルの民に「主が共にいる」ことを信じる信仰を訓練されたのです。
試練にあった時、旧約聖書を読みましょう。信仰の勇気が与えられるでしょう。
 エジプトを脱出したイスラエルの民は、群衆にすぎなかったのです。秩序もなく、モーセに従い、約束の地を目指していました。しかし、シナイ山で神は、ただの群衆でしかなかった民を、秩序ある主の国民として整えたのです。第一に幕屋を建てることで、主なる神を、目に見えるようにされました。
新約に生きるキリスト者のために、イエス様を与えたように、雲の柱と火の柱を与えられたのです。約束の地へ安全に到着するために、主は共に歩まれたのです。途中は、危険でいっぱいでした。行くてを阻む敵がいます。またそれを避けようとすれば、荒野が待ち受けています。水もなく、食べるものをない中を旅することは死を意味します。今までの常識では、一日も生きていることは出来ません。共に歩んで下さる主だけが頼りです。いろいろな戦いはありましたが、二年かけて、無事、約束の地の入口まで来ることが出来ました。彼らは約束の地の素晴らしさを見ました。
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2017年03月19日

3月19日 「教会の原点」



「教会の原点」
「その所でわたしはイスラエル人に会う。そこはわたしの栄光によって聖とされる。」
(出エジプト二九:四三)

 イエス様が考えておられる教会はどのような姿なのでしょうか。自分にとって教会はどれほど重要なのでしょうか。それを知るためには、さかのぼって神殿さらにイスラエルの民の形成に重要な役割をした幕屋を見ることによって理解できます。
一 救いの目的
   彼らの間に住むために、彼らをエジプトの地からつれだした者であることを知るようになるため。
(出エジプト二九:四六)
二 幕屋が造られた目的
   その所で私はイスラエル人に会う。そこは、わたしの栄光によって聖とされる。
(出エジプト二九:四三)
三 幕屋を造る方法
   あなたに示すのと全く同じ様に作らなければならない。
(出二五:九)
   よく注意して、あなたが山で示される型どおりに造れ。
(出二五:四〇)
四 神と人との交わりの手段
   彼らが、わたしのために聖所を造るなら、わたしは彼らの中に住む。(出二五:八)
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2017年03月12日

3月12日 「失望からの脱却」

 

「失望からの脱却」
 「外に出て、山の上で主の前に立て。」(T列王一九:一一)
この季節、新しい年度を迎え、卒業や入学、社会へ出ていく準備をします。
希望にあふれることばかりではなく、失望もあり、そこからいかに脱却し
力を得て、先に進まなければなりません。
預言者エリヤの経験から学びましょう。
一、 エリやは失望しました。
彼は、主のために熱心に働きました。しかし、事態は良くなるどころか
  ますます悪くなる一方でした。多くの預言者が王によって殺され、エリヤの命さえ、狙われたのです。彼はいのちを守るために外国まで逃げなければなりませんでした。その旅の途中、失望落胆し、主に不満をぶっつけたのです。そして「いのちを取ってください」と言ったのです
二、 しかし、主は御使いを送り、支えたのです。
主なる神はずっとエリヤを見守っておられました。エリヤが、自分の預言者としての力のなさを嘆きました。以前の偉大な預言者のようではないのだからと落ち込みました。そんなエリヤにそり添うように御使いは共に歩んでいたのです。全てあなたの事は解っていると言っているかのように、ただ何も言わずにそっと、水と食べ物を準備し、元気になるまで、見守りました。
 三、神の山まで、支え、主の前に立つことが出来るように整えました。
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2017年03月10日

3月5日 「礼拝の原点」



「礼拝の原点」
 「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクを捧げなさい。」(創世記22:2)

教理問答書に、「人の目的はなんですか。」という問いに対して「神を礼拝することです。」と答えているように、礼拝は神が求めておられる最も大切な信仰における行いです。
 アブラハムの信仰における最も神が喜ばれた証しは、モリヤの山でイサクを捧げ、神を礼拝する姿でした。ここに、礼拝の原点が示されています。
一、 神の呼びかけに応える。「はい、ここにおります。」
二、 神が示される場所に行く。「モリヤの山」
三、 神が求められる捧げ物を携え、捧げる。
四、 アブラハムが最も愛しているものイサクを要求された。
五、 イサクは約束の子であった。しかも、ひとり子である。相続する者は他にはだれもいない。
六、 彼は、神を恐れる事を第一に、行動し、神の約束を決して疑わない信仰によって、「主の山には常に備えがある」ことを信じ続けた。
七、 信仰の勝利によって、神の大いなる祝福を受ける。

「あなたの子孫を海辺の砂のように数多く増し加えよう。あなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。」(創世記22:17)
posted by sbbc at 12:44| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2月26日 「全て主の栄光のために」

※2/26 録音はありません。
「全て主の栄光のために」
 「それは、あなたが『アブラムを富ませたのは私だ』と言わないためだ。」(創世記14:23)

 私達の目は常に主に注がれているでしょうか。また、全ての栄光を主に帰しているだろうか。
 アメリカ合衆国大統領トランプ氏が自分の働きを自画自賛している姿が世界を駆け巡っています。世界各地で批判のデモが行われている中で、本人は、自分の業績を誇らしげに語っている姿をみなさんはどう思われますか。
 アブラハムは、人々の目が常に主に向くように注意深く行動しました。
皆さんのアブラハムのイメージはどのようなものでしょうか。信仰深く、温厚な羊飼いのイメージを持っておられる方は多いのではないでしょうか。しかし、甥のロトの救出のとき、彼は愛からくる勇敢さを見せました。
 ソドムや周辺の町の王たちを、破った北方の大軍を命をかけて約四〇〇キロも追跡し、奪われた人々や物資を全て取り戻したのです。それ程、家族思いで、勇敢でした。後にも先にも戦ったのはこの戦いだけでした。信仰者は時として神の力で勇敢に行動しなければなりません。アブラハムは主のために戦いました。この戦いの勝利は主によることを知らない人々に、アブラハムは、力づよく証しました。「私が、仕える神は、私に力を与え、守り、富まして下さる方である。だから、私はあなたの物は何もいただきません。」
posted by sbbc at 12:41| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月03日

賛美練習 聖歌389 ねがわくは神 伴奏

賛美練習の為の伴奏を録音しました。
自宅練習用にご活用ください。

ソプラノ


アルト


テナー


バス


伴奏全パート
posted by sbbc at 11:06| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2月19日 「伝道者の働き」

※2/19 牧師は幕張教会の宣教集会の奉仕に出かけていたためメッセージの録音はありません。

「伝道者の働き」
 「パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言した。」(使徒18:5)

 パウロの働きは、聖書に詳しく書かれています。まだ福音が語られていない所に福音を伝え、教会の土台を据える事でした。そこには、まだ、その働きのための協力者はおりません。パウロはあらゆる手段を使って働きました。ある時は、自分の手の職で、働きながら生活の必要を満たしました。また、ある時は、前の教会からの支援で、生活を支えました。ある時は、アクラのような助け手を神は与えパウロを支えました。弟子たちの働きで、支えられ、本人はみことばを語ることに専念したのです。
 エルサレムの教会では、使徒ペテロたちが、祈りとみことばに仕えることに専念するために、信徒から執事が選ばれました。このように、教会は御言葉が宣べ伝えられることを最優先できるために、あらゆる方法を用いたのです。伝道者は働く者、信徒は支える人と分けられているのではありません。
教会を建てあげるために、持てる物を最大限に使って主の働きに参与するために、神は私達を集めて下さったのです。
 伝道者は、その為に全てを用います。伝道者はみことばを宣べ伝えるために訓練を受けます。教会はその働きがよりよくできるために、伝道者を支えます。一分でも多くその時間を確保出来るように配慮
posted by sbbc at 10:57| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする