2016年06月22日

6月19日 「エルサレムの目的」



「どうか、ご恩寵により、シオンにいつくしみを施し、エルサレムの城壁を築いてください。
その時、あなたは、全焼のいけにえと全焼の捧げ物との義のいけにえを喜ばれるでしょう。
その時、雄の子牛があなたの祭壇にささげられましょう。」
(詩篇五一:一八,一九)
  城壁再建が完成した時、ネヘミヤがまず行ったことは、
一、 門衛と歌うたいと、レビ人を任命した。
敵の手に落ちていたエルサレムの町を、ユダヤの人々は取り戻し、本来の町の機能を回復したのです。まず、礼拝の働きを回復したのです。
(U歴代三五:一五)
二、 エルサレムを治める者を立てた。
町の監督者として、ハナ二とハナヌヤが選ばれた。その理由は@誠実な人であった。A多くの人にまさって神を恐れる者であった。この二つだけでした。
 私達キリスト者は、自分自身の統治者として、イエス様をお迎えしました。又、教会を導く者として、牧者をたてます。この働きには同じ霊的資質が求められます。そして、キリスト者自身も同じものをもとめられるのです。(Tペテロ二:九)
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6月12日「まとわりつく罪」



「いっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて、私達の前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」(へブル一二:一)
  エルサレムの城壁は、ネヘミヤと、共に働いたイスラエルの民の信仰による働きによって、五二日間で完成しました。これは、誰でも認める神の御業でした。神の御業を人は奇跡と言います。工事を妨害した敵共も奇跡を見ました。
  しかし、敵は退散したのではありません。外からの攻撃は勝利しましたが内からの攻撃をくわえてきたのです。トビヤやサンバラテは、ネヘミヤより長くイスラエルの民の中に根を下ろして来ました。仕事上の契約や祭司や大祭司との婚姻関係を結ぶことによって、民を治める地位を得ていたのです。
 これが、ネヘミヤにとって厄介でした。これに勝利するまでに、十数年かかったのです。ネヘミヤ記の最後の章一三章の記事はこの勝利で完結しているのです。
  また、この困難さは、ネヘミヤの前に手を付けた律法学者エズラがどうにもならない問題として、彼の前に立ちはだかったことを見れば理解出来ます。この解決の為に、ネヘミヤの登場を待たなければなりませんでした。その間、一三年の歳月が流れました。
  私達キリスト者にとって、この戦いは、血を流すほどの戦いだとパウロは語り、イエス様の十字架を指し示しています。
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2016年06月09日

6月5日 「世の光として輝く」



「曲がった、邪悪な世代の中にあって、
傷のない神の子供となり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。」(ピリピ二:N、O)
  ネヘミヤは、邪悪な敵に攻撃される中、主に祈りながら、城壁の再建をやり遂げました。妨害した敵共だけでなく、工事に参加しなかった傍観者も、この工事が神の御業であることを見て、神とネヘミヤを畏れたのです。
  畏れた理由は、@長い間、荒廃し誰も手を付けようとはしなかった難工事であった。A工事に携わった人は、祭司、金細工人、若い人、女、商人など普通の人々だった。B全ての策略を見破って工事を継続させた。Cわずか五二日間で終えた。ソロモン王は全ての宮殿建設に一三年かけた。ゼルバベルは神殿再建に四年費やした。それから考えると、城壁再建は驚異的なスピードでした。まさに神の奇跡でした。不可能と思われていた事をネヘミヤは成し遂げたのです。
  「完成」は主の御心です。ネヘミヤは、最初から、最後まで、主に祈り信仰によって、エルサレム再建は主の御こころと確信し、一人で立ち上がったのです。そして、完成することによって、邪悪の人々の間で、世の光として輝いたのです。全ての人が神の御前に膝をかがめ、神の栄光を拝するのです。
  キリスト者の完成は何でしょうか。世の光として輝くことなのでしょう
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2016年06月02日

5月29日 「救い」



「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることがない、神のことばによるのです。」(Tペテロ一:二三)

  朝顔の種を一週間ぐらい前に蒔きました。昨日見ましたら、小さな葉を元気よく土を突き破って地上に出てきました。昨年、花が終わり、種を取り一年間箱に入れて保管していました。その時は芽をだすことはありませんでした。しかし、土の中に植えつけ、水をやっていると、一週間たらずで、芽をだしてきます。小さな朝顔の種のどこに、芽を出す時期をみる力があるのでしょう。私は改めてその不思議さを感じます。神様の知恵は量り知れないほどに深いのです。
  御言葉は種に譬えられています。御言葉のどこに、永遠のいのちを、人に与える力があるのでしょうか。使徒ペテロは、御言葉の中に永遠のいのちがあると伝えました。それは、不思議な事です。しかし、朝顔の種が、土の中に蒔かれると、命の活動を開始するのと同じように、御言葉をこころから信じ受け入れるならば、その人の中で永遠のいのちが活動を始めるのです。これは、神の不思議な御業です。
  これは、信じて受け入れることによって、また、従うことによって、新しい命は私達を育てるのです。主の語られた御言葉を信じましょう。
posted by sbbc at 18:53| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする