2015年12月27日

12月27日 「主の恵みを忘れるな」詩篇103篇


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        {主の恵みを忘れるな}


  「あなたは気をつけて、あなたをエジプトの地、
   奴隷の家から連れ出された主を忘れないように
   しなさい。」(申命記6:12)


 神様は、人が忘れる者であることを知っておられるのです。
イスラエルの民が、エジプトから連れ出されて、カナンに入る
手前で、このことを語られたのです。
どんな時に忘れるのかをも知っておられるのです。

 多くの恵みに満ち溢れた時に民が与えてくださった主を忘れ、
高慢になり、自分の力で得たかのように思い、他の神々に
迷って行くことを戒めました。支えておられる主を忘れると、
滅んでいくことも教えられたのです。

 しかし、詩篇78篇を見ると、その後の民がどのように歩んだ
かが歌われています。
「忘れてしまった」、「信頼しなかった」と書かれています。
これが人の心なのです。
「忘れる」とは「心を失う」と書きます。心が主なる神様から
離れてしまい、他の神々に移っていったのです。

 神様は裁きをされ、民の心が主に助けを求めるようにされ
ました。そして、ダビデをたて、牧するようにされ、英知の
知恵で彼らを導くようにされたのです。

 しかし、民は再び主を忘れていったのです。しかし、主は
契約にしたがって、ダビデの家を建てられるために、イエス様
を王として立ててくださり我々を救ってくださったのです。

 イスラエルの民の教訓を覚えて、この恵みを忘れないように
しましょう。これが最後の神様の救いの御業です。


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2015年12月24日

12月24日聖夜礼拝 「まずしくなられた主」ルカ2:8-20

posted by sbbc at 22:13| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

12月20日 「救い主生まれる」ルカ2:1-7


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         {救い主生まれる}


 「『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に
  来られた』ということばは、まことであり、そのまま
  受け入れるに値するものです」(Tテモテ1:15)


 イエス・キリストがお生まれになられた事実を受け入れる
ことが一番大切です。ゼカリヤやマリヤに告げられた通りに、
イエス様はお生まれになられました。


1.聖霊によって、神の子としてお生まれになられた。

 羊飼いに、神様は御使いを遣わして、キリストがお生まれに
 なったことを知らせました。それに天の軍勢が加わって賛美
 したのです。そのことを、羊飼いたちはマリヤとヨセフに
 伝えました。それによって、マリヤとヨセフは聖霊によって
 与えられたことを確信したのです。


2.生まれる子は、父ダビデの王位を受け継ぐ者となることを
 告げられていました。

 このことは、東の博士たちの来訪で明らかにされました。
 博士たちは、ユダヤ人ではありませんでした。しかし、彼ら
 には、ずっと昔に、全世界を治める者が生まれることを知ら
 されていたのです(民数記24章参照)。その印は大きな星が
 輝くというもので、彼らはその星を発見したのです。
 そして、告げられていた通りにユダヤに礼拝するために
 旅をして来たのです。

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posted by sbbc at 13:00| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月13日

12月13日 「ガブリエルの告知」ルカ1:26-38


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{ガブリエルの告知}


 「先の事は、見よ、すでに起こった。
  新しいことを、わたしは告げよう。
  それが起こる前に、あなたがたに聞かせよう。」
                 (イザヤ42:9)


 主なる神様は、行おうとされることは、まず私達に告げて
くださいます。何も告げられないで突然行われることはないの
です。救い主の到来は、多くの時を用いて、神様は人々に知ら
せてこられました。そして、21世紀に生かされている我々キリ
スト者は、告げられたことがその通りに起こったことを知って
います。

 イエス様の御降誕は、最も大きな出来事です。救いのご計画
の中で、最後の完成する時なのです。ですから、父なる神様は、
ザカリヤとマリヤに告げるために、二回も出向いたのです。
今までに聖書に記されているのは一回だけです。それだけに、
御降誕は大切な知らせだったのです。
 特に異邦人である我々にとっては、最大の出来事なのです。
伝道者パウロはこのすばらしい出来事をエペソ人への手紙で
喜びをもって告げています。

「あなたがたは、以前は肉において異邦人でした。すなわち、
肉において人の手による、いわゆる割礼を持つ人々からは、
無割礼の人々と呼ばれる者であって、そのころのあなたがたは、
キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約
については他国人であり、この世にあって望みもなく、神も
ない人たちでした。」(エペソ2:11-12)

が、今や

「あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、
 今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。」
                 (エペソ2:19)

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posted by sbbc at 13:32| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月6日 「福音にとどまる」Uテモテ3:14-17


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{わたしから聞いたことをゆだねなさい}


 「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも
  教える力のある忠実なひとたちにゆだねなさい。」
                (Uテモテ2:2)


 パウロにとって福音にとどまることは、「多くの証人の前で
私から聞いたこと」に留まることでした。弟子テモテに対して
留まり続けるように命じなければならない状況がすでに現れて
いたのです。
 「復活がすでに終わった」と言って人々の信仰をくつがえ
しているヒメナオとピレトが名指しで叱責されているのです。
(Uテモテ2:18)
世を愛してパウロから去っていったデマスのことに、パウロは
心を痛めていました。

 使徒ヨハネは「イエス・キリストが人として来られたことを
告白しない者が大ぜい世に出て行った」(Uヨハネ7)と警告し
ています。
主の御降誕を、処女マリヤからお生まれになられたことを否定
することです。このことは、今日さらに広がっています。

 これらの人々は、聞いた福音に留まることができなかった
のです。これが罪の本質です。アダム以来、聞いた神のことば
に留まらないで、自分の知恵や感情を優先していくのです。
しかも、それにサタンの誘惑が耳元で囁くのです。

 イエス様に倣いましょう。
サタンに試みられた時、旧約聖書のみことばで対抗され勝利
したのです。

すなわち、みことばに留まられたのです。

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posted by sbbc at 13:20| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする