2015年09月24日

週報 信仰の必要―イエスの赦し

「福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じる全ての人にとって、救いを得させる神の力です。」(ローマ一:一六)
   イエス様は、神と人々の関わりを地上の王に譬えて語りました。(マタイ一八:二三)
 一、神と人は、王とその権威のもとにあるしもべの関係と同じです。
 二、王は、しもべと精算しなければならない関係です。
 三、しもべは精算すると大きな負債が残った。一万タラント(六千万デナリ)これはとても返せない額です。しかし、王は返すように命じた。
 四、僕は猶予をくれるように懇願しました。王は、かわいそうに思って、負債を免除してあげました。
 五、この僕は、その帰りに、自分が貸している仲間にあったので、一〇〇デナリ返すように迫った。少し猶予してくれるように頼んだが、聞き入れてもらえず、捕らえて牢に入れてしまった。
 六、王は、これを知り、僕を呼んで、「私が、あわれんでやったように、仲間を憐れんでやるべきではないか。」と言って、同じように牢にいれてしまった。
これが、譬え話しです。神は同じようにされます。問題は、私達は、この
赦すことができない僕と同じだと言うことです。とすれば、私達は望があ
りません。救いの為には、イエス様の贖いによる赦しが必要なのです。
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9月20日 信仰の必要―イエスの赦し

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2015年09月15日

週報 ピレモンの従順―兄弟愛と赦し

「奴隷以上の者、すなわち、愛する兄弟としてです。」(ピレモン一六)
   ピレモンは、コロサイの町に住んでいる、富んでいるキリスト者でした
そして、伝道者パウロによって、信仰に導かれました。
 多分、時間がかなりたったある日、パウロがㇿ―マに囚人として、幽閉されていた時、オネシモという、コロサイ人に福音を伝えました。彼は、熱心にパウロに仕える者へと変わりました。しかし、事情を聞くと、自分は逃亡奴隷であることがわかりました。当時、逃亡奴隷は、主人に返さなければならないことが決められていました。そして、元の主人の所に帰ったとしても、どう扱われても、受け入れるしかありません。罰を受けるか、最悪の場合は、いのちの保障はありません。主人の心ひとつで決まります。
 パウロは、オネシモを失いたくはありませんでした。しかし、法律を無死することは出来ません。そこで、パウロは、ピレモンに執り成しの手紙を書きました。パウロは、ピレモンの主に従順である所に期待して、心からの執り成しを願ったのです。ピレモンを導いた者としてでなく、友としての立場から、執り成しました。しかも、前と同じ奴隷としてではなく、兄弟として受け入れてほしいと懇願したのです。
 結果はどうだったのでしょう。一世紀末のイグナティウスの手紙の中に、「エペソの監督者オネシモ」と書かれてある手紙があります。このオネシモが、その後の許されたあのオネシモの姿です。従順―すばらしいですね。
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9月13日 ピレモンの従順―兄弟愛と赦し

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2015年09月04日

週報 テモテの従順―子が父に仕えるように

「しかし、あなたは、私の教え、行動、計画、信仰、寛容、愛、忍耐に・・・よくついて来てくれました。何というひどい迫害に私は耐えてきたことでしょう。」(Uテモテ三:一〇、一一)
  
  子が親に反抗している姿は決して美しいものではありません。これは、
万国共通のようです。アメリカにおいては、子の人権は日本以上に大切に
取り扱われています。一三歳以下の子供を家の中で一人にしては、訴えら
れるのです。必ずベビーシッターを付けなければなりません。しかし子は
親に従順に従う責任も厳しく問われるのです。従わなければ、親が子を裁
判所に訴えることが出来るそうです。子共は裁判所に呼び出され、勧告を
受けます。ここで、問題があればカウンセラーにゆだねられるそうです。
  十戒に「父母を敬え」とあります。人間関係において、第一に大切な事
として神は命じました。その理由は、齢が長くなるためだと語られました。
 罪は、神に不従順であることです。悪魔は天使であったが、不従順となり
天から地に落とされました。アダムとエバも不従順のため、エデンの園を
追われ、死ぬ者となりました。また、イスラエルの民も不従順のため、約
束の地に入ることが出来ませんでした。それは、私達を生かすのは神であ
ることを明らかにされるのです。イエス様は父なる神に従順に従われま
した。その結果、復活され、とこしえに生きる方となられたのです。
posted by sbbc at 19:24| 週報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

8月30日 テモテの従順―子が父に仕えるように

posted by sbbc at 13:59| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする