2018年01月29日

1月28日 {主の約束}

※今回は録音音声はありません。

「どうか、しもべへのみことばを思い出してください。あなたは、私がそ
れを待ち望むようになさいました。」       (詩篇一一九:四九)
 
 主を信じることは、主の約束を信じることです。主の約束は、み言葉を通して、私たちに告げられました。それが、今は聖書として編集されました。これ以外に、主の約束はありません。ダビデは、その約束を待ち望むように主に導かれました。

  その約束とは「わたしはあなたをすべての敵から守って、安息を与える。さらに主は、あなたに告げる。『主はあなたのために一つの家を建てる。』あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしはあなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとにお越し、彼の王国を確立させる。・・・・あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも堅く立つ。」(Uサムエル七:一一〜一六)
 
ダビデは、どんな危険な時でもこの主の約束を信じて、主に従いました。それは、「油そそがれた者に手をかけない。」ことでした。そのために、彼は、長く逃亡生活をしたのです。最後には、敵であったペリシテ人の中に身を置かなければなりませんでした。当然命の保証はどこにもありません。その保証は、主からの約束だけでした。彼は、それをしんじたのです。「主は守ってくださる。」と。主は約束を果たしてくださいました。
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2018年01月26日

1月21日 {おきての道}


「私はあなたの仰せを喜びとします。それは私の愛するものです。」(詩篇一一九:四七)
 
詩篇の記者ダビデは、聖書を「おきての道」(三三節)、「仰せの道」(三五節)、「あなたの道」(三七節)、「あなたの義」(四〇節)、「あなたのみ教え」(三四節)と表現しています。これは律法の内容を必要に応じて語ったものです。「おきて」とは、国を治める法律、「仰せ」と「あなた」道は、個人の歩み方であり、「義」とは、神の公平さであり、どのような人々にも例外なく、適用され、命ある者が豊かに生かされていくものであることが述べられています。すなわち、私たちが十分に豊かに生かされていくために必要な全てが啓示されているのが聖書なのです。
 ダビデはこの聖書を「教えられ」「悟ることができるように」「踏みゆきましょう」と告白したのでしょう。それは、自分がいかに弱いか、迷いやすい者であるか」「何も知らない者であるか」を知っていたのです。ですから、ひたすらに主のみ声にすがったのです。子であるソロモンが、神に第一に求めたことは「知恵を与えてください」と願ったのは、父ダビデの姿を見ていたからでしょう。
 そして、その道が、最後のなくならない報いであり、その道が楽しい道であり、喜びの道であることを体験的知っていたのです。

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2018年01月14日

1月14日 みことばは私を生かします

「私があなたのことばを守るようにしてください。」
(詩篇一一九:一七)
 
 この願いは、詩篇随一の一大長編の中に、波のように何度もくりかえしてあげられています。同様にあなたの長い人生においても、この祈願のしげくあらんことを。真のおきて、天的な知恵は、ただ最も偉大なる教師より聞きうるのです。あのべタ二ヤ村のマリヤが、主のみくちから出る知恵をむさぼり聞いたように、私たちもそのひざ元で耳を傾けましょう。何をするにも-―そうです。飲むにも食べるにも、むだなく真の第一義的な生活を生きるために、聖なる神の御前にただしく生きるために、自分の知恵や人の思想によることなく、神のおきてこそ求めましょう。
 「競技をするときも、規定に従って競技をしなければ栄冠を得ることはできません。」(Uテモテ二:5)懸命な熱心さも、ただ自己流の熱心であったとしたら、かえって神の義にしたがわないことになってしまうのです。
 おりにふれ、時にかなって、神のおきてを求め、学びつつ、いつしか、それが生活のリズムとなり、旅路の歌となるまでに。
(今日の力より)
posted by sbbc at 07:16| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聖歌コンサート

横浜で聖歌コンサートが開かれました。佐倉も参加し、主を賛美しました。
よく準備され、時間も計画通りに運びました。他の教会の賛美も聞き、恵まれたひと時をすごしました。
指導、準備をしてくださった野崎姉に感謝いたします。DVDを注文しましたので、後で聞くことができるでしょう。
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2018年1月7日 主の道を歩もう



 「私はあなたのおきてを喜びとし、あなたのことばを忘れません。」
(詩篇一一九:一六)
 
 一月五日の読売新聞に、平成時代の特集が掲載されていました。「価値観ぐらり、幸せって何ですか。」という表題が書かれていました。「平成は豊かな昭和を引き継いで始まった。モノが足りない時代は過去となり、平成を通して多くの人々の暮らしに満足感を示してきた。一方で低迷する経済は貧困、格差の問題を浮かびあがらせた。結婚をためらう若者も増えている。昭和の人生モデルは揺らぎ、将来を見通せない不安が募る。ポスト平成はどういう時代になるのだろう。」とコメントしています。
 多様性時代といわれ、それを歓迎してきた平成時代であったが、ここにきて、幸いな人生はなんであるのか、だれも示してくれない時代であり、自分で探さなければならない時代であったのですが、はたして、その答えは見つかったのでしょうか。
 聖書は、どのような時代であっても、変わらない「幸いな道」を人々に示しています。神は唯一であり、変わることのない方です。神が最も愛しておられる人々が、幸いな歩みをしてほしいと願うことは、当然のことではないでしょうか。その方が用意してくださった「主の道」を歩むことがどの時代においても幸いなのです。
posted by sbbc at 07:11| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月31日 年末にさいしてー主をほめたたえよ

「主はとこしえまでも統べ治められる。」(詩篇一四六:一〇)
 
 主をほめたたえることは、主なる神のご命令です。この一年の終わりに「主をほめたたえる」ことができるならば、来年にも期待できます。なぜ、誉めたてることができるのでしょうか。
一 主は天と地と海とその中のいっさいを造られた方
二 真実を守り、正しく裁きを行う方
三 パンをあたえ、囚われ人を開放される方
四 盲人の目を開けられ、かがんでいる者を起こされる方
五 正しい者を愛され、在留異国人を守り、みなしごとやもめを守られる方
六 悪者を曲げられる方
七 とこしえまでも統べ治められる方
 このような方が私たちに目をそそがれ、助けて下さるのです。私たちの希望は、この神にかかっています。この確証はどこからくるのでしょうか。それは、イエス・キリストからくるのです。福音書に書かれているイエス様こそ、ダビデがほめたたえた神の御業を証しをしてくださった方です。罪があがなわれて、義とされた人々に分け隔てなく愛し、助けてくださるのです。
 

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12月24日 

編集中
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12月17日 

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2017年12月12日

12月10日 {主の準備}

「それは、わたしがきて、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」
(マラキ四:六)
 
 預言者マラキは、紀元前四〇〇年ごろに預言者として活動しました。旧約の最後の預言者でした。預言者ミカから約三〇〇年が経過していました。この間、イスラエルの民は今までにない最大の危機を経験しました。北イスラエルは、民の罪によって、滅ぼされ、南ユダ王国は、悔い改めることによって、主に救われて約一四〇年間守られます。しかし、再び主に反抗して、神の裁きを受け、国が滅ぼされたのです。しかし、神の憐みによって、七〇年後に再びエルサレムに帰還が赦されました。神殿を再建し、神を中心にして、歩み始めました。
 民は、このような主の取り扱いを受け、理解していくのです。主の祝福と、その約束の確かさを身に叩き込まれるのです。その結果、異邦人の偶像礼拝から、きっぱりと離れ、み言葉を中心にして国を建てあげていくのです。
 救い主の来られる準備が整いました。そして、最後の準備のために、エリヤが再び派遣されるのです。救い主イエス様の弟子となる人々を準備するのです。「しかし、私は言います。エリヤはもうすでに来たのです。」(マタイ一七:一二)。主の来られる準備は整いました。
posted by sbbc at 14:27| メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする